神社の信仰形態

ほとんどの神社は、伊勢の神宮を本宗とする神道の信仰を持っています。その中でもいくつかの神威の高い神社が様々な地域に勧請されて特定の信仰形態を形成していきました。

神社の信仰

神社の信仰形態は、同じ信仰形態だからと言って、それぞれの特殊な信仰が受け継がれているわけではありません。現在の神社では、これら信仰形態で祭祀の方法が違うと言うことはほとんどありません。

稲荷信仰

お稲荷様と呼ばれている信仰で、神仏分離後も神社系のお稲荷さんと仏教系のお稲荷さんがあります。神社では京都の伏見稲荷大社が総本宮で、多くのお稲荷さんは伏見稲荷から勧請され全国に広がっていきました。「正一位稲荷大明神」と書かれているのぼり見ますが、これは正一位という神階を授けられた伏見稲荷から御分霊を受けたことに由来します。

通常分霊された先まで神階を名乗ることは出来ませんが、鎌倉時代の後鳥羽天皇が許可してしまい、このようになっています。

稲荷という名前の通り稲の成長を見守る神様ですが、社会の発展とともに商売繁昌などのご利益などオールマイティーな神様として、全国の至る所で祀られるようになりました。

八幡信仰

応神天皇と比売神や神功皇后を主祭神とした神社。総本宮は大分の宇佐神宮ですが、石清水八幡宮や鶴岡八幡宮も併せて三大八幡と称されることもあります。特に武家の信仰が高く、全国に広がりました。

祇園信仰

午頭天王を祀る京都の祇園社(現在の八坂神社)で厄除けのお祭り(祇園祭)を行ったことから全国に広がりました。祇園祭、天王祭というお祭りは、厄除けや無病息災を祈念するお祭りです。

いずれも本来は牛頭天王を祀っていた神社ですが、神仏分離後の現在は素戔嗚尊(すさのお)を祀る神社になっています。京都の八坂神社を総本社とする系統、愛知の津島神社の系統、兵庫の廣峯神社の系統があります。

天神信仰

天神様とは、本来は雷の神様でした。菅原道真公の祟りを鎮めるために神様として祀った北野天満宮の創建以来、天神様と習合していき、同一視されました。太宰府天満宮は菅原道真の霊廟であり、北野天満宮とともに、どちらも天満宮の総本社とされています。

時が過ぎ学問の神様と崇敬され全国に12000社も広がりました。

日吉(日枝)信仰、山王信仰

本来は山王権現の信仰で、比叡(日枝)山の山岳信仰です。比叡山延暦寺の鎮守神として祀られている日吉大社が全国の総本宮です。比叡山延暦寺は天台宗の総本山で、天台宗が全国に広がるにつれ、山王権現も各地に勧請されました。

山王祭というお祭りは、日吉神社や日枝神社など山王権現を祀る神社のお祭りです。山王権現は神仏分離後、大山咋神(おおやまくいのかみ)とされています。

伊勢信仰

伊勢の神宮のご祭神である天照大御神を祀る神社です。神明神社、しっんめいぐうという社号で呼ばれています。伊勢神宮は日本の神社の中でも別格とされています。江戸時代は伊勢神宮へ参拝するおかげ参りが流行しました。

熊野信仰

和歌山にある熊野三山を総本宮とした信仰です。熊野本宮大社、熊野速玉神社、熊野那智神社の蜜の神社の総称です。古くから修験道の聖地とされ、平安時代後期には阿弥陀信仰が広まり、熊野は浄土の地とされるようになりました。「蟻の熊野詣」と言われるほど参拝者が訪れるようになりました。

牛王符(ごおうふ)、牛玉宝印と呼ばれるカラスの絵が描いてある版画は、火難よ家や盗難よけの護符として用いられるほか、起請文(誓約書)として用いられることがありました。

春日信仰

奈良の春日大社を総本社とする信仰です。奈良時代藤原氏の氏神様として広がりました。姓に「藤」が付く人には、特に崇敬されています。

諏訪信仰

御柱祭で有名な神社、長野の諏訪大社を総本社とする信仰です。天竜川の水源、諏訪湖の竜神信仰が元になっています。海からは遠く離れていますが、山の養分が川を流れて海に注ぎ、プランクトンを育て、それを食べる魚が増え、さらにその魚を食べる魚がやってくるという自然界の仕組みが古来からわかっていたらしく、山の神社なのに海の魚の絵が描かれた絵馬が奉納されていることから漁業の神としても崇敬されています。